Review:メキシカンスーツケース

鑑賞情報

  • 場所: 新宿 シネマカリテ Screen2
  • 日時: 2013-09-01 20:50
  • 方式: 字幕

あらすじ

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1936年、総選挙で誕生した共和制民主主義派とその打倒を唱えるフランコ軍とが衝突したスペイン内戦。報道写真家のロバート・キャパがこのスペイン内戦を写した写真のネガが、第二次世界大戦の混乱の中パリのスタジオから消えた。しかしどこかに現存するとささやかれ続け、彼の弟で国際写真センターを創設したコーネル・キャパもネガの行方を追っていた。そして2007年、メキシコで4500枚にもおよぶネガが収まった3つの箱が発見される。“メキシカン・スーツケース”と呼ばれることになるその箱に入っていたネガには、彼のだけでなく、同じくスペイン内戦を取材していたゲルダ・タローやデヴィッド・シーモア“シム”が写したものも含まれていた。彼らが共和国軍側の戦場で撮った写真は、スペイン内戦の最も貴重な視覚的記録とされた。この3人の写真家の関係者の話から、彼らの人物像について掘り下げていく。そして70年以上経ち遠い過去のこととなりつつあるスペイン内戦が、現在でも傷痕を残し、今のスペインが抱える問題につながっていることを本作は浮き彫りにする。
(Movie Walkerより引用)

雑感

スペインはいまだ”戦後”のただ中にある。

公式サイトの比嘉セツ氏の特別寄稿にあるように、フランコ政権時代の粛清された人々の尊厳の回復を図ったバルタサル・ガルソン判事は2009年から2010年にかけて告訴され、職務停止、 2012年には実質のスペイン司法からの追放処分を受けるなど、いまだに終わっていない感覚が強く残っているのだろう。 その点日本は終わったというか、微妙な断絶があって実感を伴っていないというのが個人的な印象ではある。 下山事件や松川事件などのGHQ統制下でのミステリーに関するあれこれが公開された時がある意味本当の戦後なのではないか。 そういった意味では日本もスペインと同じなのかもしれない。

1936年、クーデターに端を発し、ドイツ、イタリアの援助を受けてファシズムとの戦いとなったスペイン内戦。 独裁者となったフランシスコ・フランコが1975年に没した後も、内戦に対しての総括を行うことができないでいる。 ヘミングウェイは実際に人民戦線軍に参加し、誰がために鐘は鳴るを執筆するなど、欧米の著名人が多数その身を投じた 中に、夢と野望を持った”成り上がり”の著名な写真家、ロバート・キャパがいた。

ロバート・キャパという写真家の誕生自体がこの戦争によるものであり、若者が成り上がるためのプロジェクトであった という事実はこの映画を観るまで知らなかった。そして、ゲルダ・タローの死によってキャパ自身が戦争に呪われてしまった –少なくともそう感じられた–ことも。

記録することにどれほどの意義を見出していたのかはわからない。だが、フランスからメキシコへの亡命者の手から手に 渡って生き延びた”スーツケース”のネガは、スペインの今を生きる人々を象徴する当時の鏡となった。

キャパについてのあれこれを知りたい人には描写は薄いと感じられるだろう。このドキュメンタリーは上記あらすじにもあるように、 今のスペインを描くことに力点が置かれている。そして、その描写は翻って我が身にも問いかける。「戦後」とはなにか?

今の日本は震災と原発事故によって新たな戦中にあるのかもしれない。そういう意味で何か示唆的なものを感じさせてくれる。 自分にはまだ咀嚼がしきれていないなと感じている。 いずれまた時間のある時に観てみたい。