Review: 殺戮にいたる病

みのもんた方面で流行っている2度目の夏休みを僕もとろうと思い(一部誇張)、今は少しばかり休んでいる。 まあ休んでいると言ってもなんだかんだやることがあるのだけど、どうにもタイミングが悪くて小旅行の 予定が流れてしまった。 そんなわけでとりあえずふさぎ込むべく久しぶりに読書などしてみたのだった。

本作は2ちゃんねるのミステリー板でよく挙げられている本を何冊かまとめ買いしたうちの一冊である。 ちなみに購入したのは以下。

  • 殺戮にいたる病i(我孫子武丸)
  • そして扉が閉ざされた(岡嶋二人)
  • 殺しの双曲線(西村京太郎)
  • クリムゾンの迷宮(貴志祐介)

殺しの双曲線以外現時点で読了。岡嶋二人はクラインの壷あたりで好きな文体だったのでかなり読んでいて 気持ちよかった。一気に他の本も読めたのは順番のおかげもあったろう。 逆に本作は登場人物が気持ち悪いというところに尽きた印象がある。

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永遠の愛をつかみたいと男は願った―。東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔!くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。
(amazon.co.jpの内容紹介より)

点数を付けるというほど明確な評価基準があるわけではないが、もう20年以上前の作品だし、傑作との呼び声は 定着されているのだから多少ミソをつけようがかまわないだろう。全体的には面白かったと思うが、いくつか突っ込み たいところはあった。本作最大の叙述トリック部分についてカタルシスを感じるかどうかは多分そもそも叙述 が好きかどうかで分かれるのだと思う。僕の感想は「…で?」だった。だからどうした感が強すぎたというか。 後述するが、多分「気持ちはわかるが、そうはならない気がする」もあったと思う。

全体構成

エピローグから始まるという不思議な構成だったが、言ってみれば全て布石ではあるので読了後は納得するところがある。 小説で刑事コロンボをやるとこんな感じなのかな、みたいなところだろうか。従って読者は犯人の名前は知っていることになる。 三者の視点でパートが変わっていくが、エピローグ部分以外はあまり時系列が混線しないので流れとして把握しづらいということは ないと思う。

犯行描写

凌辱殺人における描写が散々グロできついというあおりを散見していたので多少身構えていたのだが、かなりあっさり風味に 感じた。女性でないとその辺のリアリティが出てこないということなんだろうか。女子高生コンクリート詰め殺人事件 のWikipediaの暴行描写の方が僕はきつくてまともに見ることができない。そういう意味では本作の殺人鬼はまだきれいなんだろう というべきか。

猟奇的?

猟奇殺人関連はどうしても海外の事例が多くなるが、その辺をあさるとネクロフィリアなどの感情はなんだか よくわからないという印象が強い。それを考えるとこの蒲生稔は頭で考えた内容が強いように受け取れてしまって、少し 興ざめするところがある。「ああ、この人がんばって狂ってるようにしようとしてるんだ」というのが鼻につく。最初から 「永遠の愛」とか紹介にあるのでまあそういうもんかとも言えなくはないが…どこか狂気が足りていないように思えた。 大抵の場合、狂気は進行するものであり、増幅されていくものだ。と、なると頻度か残虐性、異常性などのベクトルで明確 な進行が見えることが多いはずである。本作ではそこが弱いように思う。2回目から部位切除をいきなり行っていて、かつ 証拠隠滅の意味を含めた行為まであるのに殺害場所や殺害後の被害者の扱いに関しての無頓着さが変わっていない。 無頓着であるなら証拠隠滅に関しての意識もない方がよいのではないか。純粋に持ち帰りたかった、だけの方が納得いく ように思う。無秩序型という意味での無頓着さは自然(というのも妙な表現だが)なのだが、殺人へ至る流れと暴行手段の エスカレート具合を測れる狂気のステップアップが見られなかったのが残念だ。

登場人物

登場人物が総じて気持ち悪い。実際のところ、一番気持ち悪いのは雅子だと思う。母親というのは大なり小なり 行き過ぎた過保護部分があるものかもしれないが、僕自身が自分の母というか女系家族が苦手なところもあるせいか、 雅子パートの描写のあるある感は半端なかった。似たような臭いを感じるというか…想像可能にさせてしまう表現力はすごいと思う。 樋口とかおるに関してはなんとなく仕方ないように思うところもあるが、稔の頑張って狂わせた感のあるキャラクターと、 雅子のガチでありそうな気がする行き過ぎた過保護さは別種の気持ち悪さが際立った。 そういえば結局フリージャーナリストの斉藤も相当な空気感が強かったがなんだったんだろう。

蒲生稔は誕生しうるのか?

ネタバレになるが、一番引っかかったところでもある。唐突に何らかの影響でこういった行為に走るということはあるようなのだが、 それにしてもそのあたりが曖昧だ。曖昧で許されるのは20代までだよねーみたいな感じで、稔のあたりまでいってしまうとこのような 直接的行為に出るほど狂うにはなかなか難しいはずだ。もっと何かしらはっきりした外的要因がないと発動できないと思う。 また、最終的に血族に回帰していたが、この辺もどこか不自然だ。母性を求めるなら最初から求めるし、そしてその母性は最後まで 殺しきれないからこそ他の女を代替品として嬲り殺していく羽目になる。手を出せてしまうならむしろ雅子に対しての家庭内暴力という 形で発現し始めるものじゃなかろうか。

雑感

そんなわけで、ついつい突っ込みを入れてしまったが、文体も読みやすく、すいすい進むところはあった。 サスペンスやミステリージャンルが好きな人には当たり前に読んでいてもおかしくないし、未読であれば損はしないと思う。 20年前の作品ということで、携帯電話的な存在がないことや、明らかに宮﨑勤事件を意識におかせるための表現が今読む人にも 斬新に伝わるかはわからないけれど、背景に描写されている社会的病理のようなものは現在にも通底していると思う。 個人的には読者の印象をひっくり返すだけの叙述–叙述トリックとはそういうものだと言われたとしても–は嫌いなので、 本作のトリックそのもので最初びっくりはするが、だからどうしたのか、という風に終わってしまうことが多い。 アクロイド殺しは謎解きをちゃんとするから僕の中ではありなのだが、本作のような謎解きというよりは事実はこうでした、 という描写だとなんとも置いてきぼりというか、微妙感が強い。現代舞台であまり見栄を切って外連味出しまくる探偵ものもどうかと 思うが、いろんな先達の上に新たな表現を求めるというのは非常に難しいことなんだろうなと思わせてくれる。 とにかく、読後に何かしら吐き出せるものはあるだろう。 表題の「殺戮に至る病」は当然キルケゴールの「死に至る病」からの着想だと思われる。死に至る病が絶望であるなら、 殺戮に至る病は愛である。純粋な愛を望むがゆえ、それを与えきれない相手に対して絶望をしてしまう。 愛を欲する相手に対する絶望はすなわち自身が相手に与える死であり、それすなわち殺戮である、というロジックだと 理解している。しかしその愛はいつから欲せられたものなのだろう。